直面するカオス、ランダムな現象、あるいは情報のノイズに秩序と規則を見出し、さらにはその背後で働く力学を抽象することが知性なのかもしれない。いずれにしろ、この時代において、生存確率とメディアリテラシは厳としたパラレルの位相にある。マルクスは国民という下部構造が政治という上部構造を決定する概念として「生産関係」を提唱しのだが、所詮この国のシステムは低劣な民度の反映に過ぎない。国内外の支配勢力は個々の生命・財産より既得権益の維持・安定を優先に掲げ、準拠してマスメディアは錯誤と蒙昧の流布に狂奔するのだろう。つまり、我々の国是とは反知識主義に他ならない。全ての媒体はステガノグラフィ(情報列に秘匿された暗号)であり、我々は埋設された殺意の洞察を迫られている。換言するならば、安易な楽観論や希望論へ傾斜せず、暗澹たるディストピア的未来へ対峙する度量、あるいは現実を直視するという一個人のmaturity(成熟)が試されているわけだ。原発事故の実態が顕在化しつつある中、さらに搾取は苛烈化し、各々の事象は経済システムの不全から国家システムの崩壊に至るプロセスを予示しているかのようだ。社会資本の枯渇に加え、放射性物質由来による疾患、さらにはパンデミックが指数関数的に勃発し、あらゆる現場で崩壊のトリガーとなるだろう。我々の社会は「文明状態リスク評価」の閾値を、あまりにも軽々しく超えてしまったのかもしれない。

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